こんにちは天神祐耶です。

そういえばもう10月ですね。感覚的にはこないだお餅を食べたくらいあっという間です。高校生くらいまではあんなに一日が長くて早く時間が過ぎる事を望んでいたのに、今や1日なんぞファーって過ぎていきます。1週間もスッってな具合に。

この感覚でいると、何か急がなきゃいけない気になってしまい、せかせかしがちですが、落ち着いて物事に取り組む事を忘れないようにしようと日々思っています。

秋といえば芸術ですね。芸術の秋、食欲の秋。天高く馬肥ゆる秋ですよ。

演劇も芸術の一角を担ってますよね。ここからの時期は週末になれば演劇公演があったり、音楽など色んなイベントが目白押しです。

よっしゃここは俺たちもやるか!みたいになって、まず何をするかといえば催しの会場を抑えることが必須になります。

東京にいる頃は、公演が終わった後に次回の会場を抑えるってことが比較的楽にできたのですが、ここ富山ではそれがなかなかどうして簡単ではありません。

演劇にフィットした劇場が少ない。
現実問題これが引っかかってきます。
細かくいえば我々のような集団が無理なく公演できるような小劇場が少ない。
大きなホールは各市町村にありますし、公演ができるようなスペースは県内にもあるので、公演"だけ"やろうと思えばできます。しかし会場の規模と、集客力を考えた時必ずしも力量に合った会場ではないと思います。広い劇場でのびのび芝居をやっても客席がガラガラだと、なんだか主催側も、お客さんも微妙なかんじになりますよね。

あー。ここお客入ってないなー なんか、なんかうーん。

とか

張り切って舞台に上がった瞬間

ガラガラや!!(モチベーションぐにゃあ)

ってな具合に。
もちろん、多かろうが少なかろうが、クオリティはかわらないですよ。一生懸命やります。むしろ少し頑張っちゃうくらいです。ただ、俺はそこまで高尚な聖人ではないので、お客さんが少ないと芝居以外の余計な事を考えてしまうのが正直なところです。まあ集中しなさいって話ですが。

でもこれはきっと俺だけではないはず。
やっぱりたくさんの人に見られたいですから。

そうなってくると客席が広過ぎる劇場は厳しいですよね。でもちょうどいい劇場ってなかなかないんですよねぇ。



あー。この話長くなりそう・・・

明日へ続きます!





こんにちは

天神祐耶です。

以前から、初めて会った人や演劇をやっている事を伝えた時に

【どんなのやってるの?】

みたいなことを聞かれます。かなりの頻度で。

自分はその都度うーん。とか言ってすごく悩んだ結果色々やってます。みたいな曖昧な返事しかできません。

確かに演劇にも色々な種類があって笑いに特化したものや、海外の古典作品や、その劇団の個別の手法を使った芝居や、時代劇専門やミュージカルや音楽劇など様々ありますよね。

自分がやってきたのはほんとにバラバラで質感も、テーマも手法もバラバラなものが多かったりします。

そうなってくると、色々ですね。みたいな答えしか返せないんですね。

えみてんってどんなのやるの?

って聞かれた時もきっと色々やります。ジャンルは問いませんみたいな曖昧さになるかもしれません。

でも個人的にはえみてんって色々やるけど、どれも満足できるよね。ってな具合になればいいなと思っています。

正直演出をした経験は多くない俺としてはこれからいくつも演出をしていったときに、えみてんって色々やるけどこういう雰囲気あるよね。みたいな事を言われて初めて自分のジャンルが見えてくるような気がします。

だから今はいろんな作品をやってみたい。いろんな手法で色んな戯曲を公演してみたい。そんな欲求がムクムクと湧いています。

ただ飽き性なんですよきっと。

おんなじ事やってると飽きちゃうので、色々ってなってくのかもしれませんね。

それがいいのか悪いのかわかりません。ですがどんなジャンルでも演劇は見世物である以上とにかく楽しく見てもらえるように頑張っていかなきゃなと思うわけです。





えみてん2人で打ち合わせ中。

えみてんは話し合いの中で面白いことが生まれていきます。


ここからどんなことが飛び出すか!
俺にも全くわかりません。怖い!

わたしもめっちゃ怖い!(のとえみ談)

今後のえみてんにご注目下さい!!


こんにちは。天神祐耶です。


先日、演人全開 血が滾ってきたぜ! 「PLAY」を見に行ってきました。
この記事には公演後血が滾のみなさんと写真をとらずに挨拶そこそこにサーっと帰ってしまった為。写真がございません。悔やんでおります。写真は先日の、のとえみちゃんの記事を再度舐めるように見てください。

あまり観劇の感想が得意でない俺ですが、思ったことを書いて行こうかなと思います。

朗読って面白いじゃないか。って思いました。とくに血が滾の皆さんは朗読に特化している感じがします。なんだろうかみんななんとも美しい発声だなと。

発声は技術。血が滾のメンバーはどの方もすごく聞きやすい。これはすごいことだと思います。各々、相当な鍛錬をつんでいらっしゃるという表れですね。

内容についてはとくに触れませんが、みていて思ったことは朗読劇のテンポの重要性。音響、証明の効果的な使い方。朗読劇はお客さんに考える間がある。って事ですかね。通常の舞台だと、役者の勢いとか。その公演のその日の流れなんかで多少のマイナスはカバーできるけど、朗読劇はそうはいかない。緻密な計算が必要なんだと思います。それは稽古の段階だけではなく、公演する劇場の中の音の響き聴こえ方。バランス。本番までやる事山ほどあるなと見ながら思っていました。

場転の証明の切り替え、はけ方、全てに気を配る必要がある。それだけ朗読劇は舞台上の人が見えるってことですね。

勉強になるなあ。

前みたリーディングの公演の時も思ったのですが血が滾の舞台はすごくまとまっていて、裏切りがない印象があります。引っかかりがないというか、凄く小綺麗です。1時間半を超える朗読で、これだけ時間を意識させないのは素直に凄いとおもいました。ただなんかあるとすれば、アクが欲しいところですね。個人的にはアクの強いの好きなので(笑)朗読劇ということで、聴かせるということが大事なんだと思います。でもどうしても生の舞台の上では生きた人間の息遣いなんかを求めてしまう。本公演は随分前に一度見たことがあるけど。月日を重ねた血が滾さんはきっと朗読劇とはまた違った面白いものを見せてくれることを期待してます!来月に本公演あるそうなので楽しみだ!

そしてこの公演を観ていてムクムクと朗読劇というものに興味が湧いて来ました。でも考えれば考えるほど怖いです。

舞台脚本ならまだしも朗読劇の脚本をあれだけ楽しくまとめ書き上げる宇野津氏の力量。改めて脚本家のすごさを実感した公演でした。

なんだかよくわかんない感想だな。

でもなんだか俺も滾ってきたぜ!












こんにちは。天神祐耶です。

馬肥ゆる秋。という事で。今年もあのシーズンがやってきました。

そう。稲刈りですね。

春に植えた苗が今まさに刈られるわけです。自分も長男として駆り出されるわけで、毎年この時期のスケジュールは稲刈り中心の生活となります。

毎年この時期になって思うのは、稲作にかかわらず、農業と言うのは個人的には非常に演劇を作ること共通項があるとおもっています。

なんかしっかり書くと長くなりそうだから簡単に言えば長いこと準備して収穫って事ですね。

ん?

大体の事はそうだね。って?

そうなんですよ。でも自分にとっては農業かなと。手間暇かけても気候なんかに左右されて良い品質のものができなかったりしますよね。芝居作りもあくまでも人間がやる事なんでどんなにおもしろいと思って稽古をしていても、お客さんにとってはそうでなかったりする。その逆も然り。

それでもまた次、やるんです。

毎回毎回毎年毎年工夫して、積み重ねたものが経験になってく。失敗とかそういう事も含めて、いい経験になります。

演劇も農業もずーっと手間暇かけて、ずーっと続けていきたいですね。

どんなことがあっても両方やってれば必ず何かしらの結果になる。そういうところが好きなんですかね。


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